こんにちは。へんてこ不動産調査室です。
当ブログは、筆者が過去に実際に取扱った、奇怪な土地形態、奇天烈な権利関係、不可思議な売却経緯をもった「へんてこ不動産」をプロの不動産屋の視点から紹介、解説していくブログです。
さて、今回の物件は・・・。
築100年以上の木造平屋。次々と出てくる「へんてこ」のビックリ箱だった!
経験の長い不動産営業マンにとって、思い出に残っている物件というと、たいていは売るのに苦労した物件や苦い体験をした物件である。うまく売れた物件やなんでもハイハイ言うことを聞いてくれる良いお客様というのは、もちろんその時々で喜びは感じるが、あまり長くは記憶に残らない。やはり散々苦しい思いをしてようやく成約にこぎ付けた物件や嵐のようにクレームを浴びて立ち直れないほど凹まされたお客様というのは永く心に刻み込まれるものである。
そういう意味で、今回取り上げる物件は筆者の記憶に強く刻まれた、忘れがたい物件の一つだ。売るのに苦労したことも然ることながら、調べれば調べるほど湧き出てくるへんてこにお客様から大クレームが発生し、上司からも散々怒られながら、何か月もかかってようやく売れたのである。しかしながら、この経験は今では筆者の宝物となっている。
物件との出会いの経緯はこうである。購入の相談に来たお客様(A様)から、新居を購入した暁には実家を売却したいがまとめてお願いできないかという依頼だった。但し、辺鄙な場所にある一軒家で、とにかく古くてボロボロのため売れるかどうかもわからないので、処分できるならいくらでもいいという。こちらとしては願ってもない申し出である。どんなに建物が古くても土地は70坪以上あるというし、いくら不便な場所であっても売れない不動産というものはないのである。ましてや売り手はいくらでもいいというのだから、うまく金額を上乗せして、上前をはねてやろうというぐらいの気持ちで引き受けた。そもそも購入物件もまだ契約前の段階だったため、A様の気持ちを削ぎたくなく、ほとんど調べることもなく安易に受諾してしまったのである。
海が近いリゾート物件!?意気揚々と見に行ってみると・・・
購入物件の契約が無事まとまり、A様の引っ越しも済んでお祝いがてら挨拶に行った際、そろそろ古い家の処分も進めたいという。この時初めて詳しく聞いたのだが、場所は神奈川県の相模湾に面した漁港近くにあり、分かっている限り明治の頃からA様の先祖が住み始め、増改築を繰り返して今に至るという。A様の母親が一人で住んでいたが、今回の物件購入を機に母親は新居に呼び寄せていた。つまりつい最近空き家になったばかりである。
早速、物件を見に行く道すがら、筆者の頭の中は楽観的だった。漁港の近くというと海が近いわけで、家から海は見えないと聞いていたが、案外売りやすいのではないか。リゾート物件とまでいかなくとも、波の音を聞きながらのんびり暮らしたいリタイア世帯や、釣りや船が趣味のアウトドア派向けのセカンドハウスといった需要で買い手はいると思われる。もちろんそれも値段次第だが、A様からは特に希望額の提示はなかった。プロの目線で査定してもらい、売りやすい値段でお客様を探してもらえればそれでいいという。あまりに謙虚な口ぶりにこちらも少し不安になるほどだったが、もともとA様自身、いい意味で田舎気質のとても素朴な方だったため、思いのほかすぐに売れてしまっても後からもっと高く売ればよかったなどと文句だけは言わないよう念押しして、意気揚々と調査を始めたのである。しかし今思えば、この時すでにA様の心の内には、厄介な面倒事を頼んだという自覚があったのかもしれない・・・。
行ってビックリ!巨大な崖の下にある家は建て替えできるのか?
現地に到着してまず驚いたのが、家の裏に巨大な崖が切り立っていたことだ。優に10mは超える直立の擁壁だった。ビルにすると5階分ほどになろうか。幸い敷地の北側だったため陽当たりに影響はないが、ちょっと異様な感じを受ける。擁壁の上は草木が生い茂っており、山を切り崩したようだ。この時点で急傾斜地崩壊危険区域内に存している疑いが頭をよぎる。後で役場に確認したところ、果たしてその通りであった。急傾斜地崩壊危険区域とは、斜面地の崩壊に備えて建築できる位置や工法などを制限する、再建築の選択肢が一気に狭まる厳しい規制のある地域なのである。
しかもこの崖はこちらの敷地、つまりA様の所有地なのである。古い擁壁が組まれており、神奈川県の土木事務所によって工事されたものであることが分かった。つまり擁壁自体は土木事務所が施工し管理を行っているものの、あくまで所有者から土地を無償で借りて維持管理している、というわけである。
これは各地でよく見られる事例である。民間の所有地であっても、土砂災害の危険があれば行政側が働きかけて安全対策を施すわけだが、問題は安全性を担保する検査の資料がないことである。民間が行う造成工事には必ず事前の申請があって、行政の許可を得てはじめて工事を行うことができ、工事が完了すれば行政側の検査を受ける必要がある。ここまでが通常一連の流れであって、行政の検査を受けたことの証明である検査済証の存在が、その土地に建築を行う際の安全性に関するエビデンスとなるのであり、役所としても建築確認を許可する上で重要なファクターになっている。ところが国や地方自治体が行う工事にはそのような面倒な申請・許可の一連の段取りは省かれており、ゆえに検査済証などという資料は存在しない。ということはその土地の建物は再建築の許可が下りないということになる。ここに大きな矛盾が生じている。土木事務所に行き、検査済証に代わるような擁壁の資料を求めても、古すぎて当時の資料は見つからないという。行政が安全のために自ら行った工事にも関わらず、安全性を示す資料がないため、建て替えの許可が下せないという、なんともへんてこな話である。
さらに驚き!そもそも再建築不可の地域だった
それだけではない。役場に行って分かったのだが、そもそもこの地域一帯が市街化調整区域だったのである。漁港といっても集落のようになっており、民家が20~30件ほど集まっている地域なのだが、そのすべてが調整区域に該当していた。市街化調整区域とはつまり市街化を抑制する区域のことだ。都市部に住んでいるとあまり馴染みのないように感じるが、都市部にもこうした調整区域は所どころ存在する。畑や緑地などになっていることが多く、むやみな市街化を抑制し農林水産の保全を図るために計画された区域なのであるが、仮にも神奈川県の市部において見渡す限り調整区域なのには恐れ入った。これで再建築の望みはほぼ潰えたといっていい。ただし、抜け道がないわけではない。いわゆる既得権として、調整区域に指定された以前より建物が存在したことが証明できれば、建て替えを許可される場合がある。物件の築年数からすればそれも十分あり得ることだが、先述の急傾斜地崩壊危険区域の制限もあることを考え合わせると、絶望的な立地条件であっ
津波による浸水被害。そして隣の住人とのトラブル
建物の中に入ってみると、やはり相当に痛みが激しい。設備の古さもあるが、床が波打ち全体として歪んでいるのがすぐに分かった。ただ古いだけではこうはならない。後で調べて分かったことだが、この地域は過去何度か津波による浸水被害を受けていた。もちろん建物が存続している以上、大規模な被害は免れたのであろうが、布基礎で建てられた床が水に浸されて歪んでしまったものと思われる。基礎部分の木はすでに腐っているかもしれない。こうなるともはやリフォームではどうにもならないであろう。
いよいよ厳しい予感に打ちひしがれていると隣家のお年寄りから声を掛けられた。というよりも他人の家で何をやっているのかとほとんど頭ごなしに怒鳴られた。A様の親戚というこの女性は、A様と筆者がどういう関係かをしきりに尋ねてきたので、売却の依頼を受けた不動産屋であることを説明するのだが、なかなか理解してもらえない。というよりA様がこの土地を売ろうとしていることが気に入らないのか、こちらの話を聞こうとせず、ここは本来私の土地だと言い出したのである。
相続による親戚同士の争いが残っていた
要約するとこの隣人(B様とする)の言い分はこうだった。この辺り一帯はもともとA一族の所有地であり、分家が生まれる度に少しずつ分割されていき現在の街並みが出来上がった。A様の敷地とB様の敷地も元は一つであり、2世代前に今の筆に分けられたのである。ところがその分け方に問題が残った。道路に通じる通路部分も当然半分に分けられたはずだったのに、A様側に通路部分を勝手に奪われ、A様の土地として登記されたというのである。おかげで公図上自分の敷地は道路に接道していないことになっているが、これは本来の形ではない。いまだ係争中の案件であり、勝手に売りに出すことはおかしい。以上がB様の主張だった。
筆者にとっては追い打ちをかけるような話だった。ただでさえ問題だらけの物件に権利の係争まで加わってはどうしようもない。当初の約束を違えることになるが、きっぱり手を引こうと思い、A様に事情を話しに行った。
依頼を断るべくA様には、再建築が難しい土地であること、建物がほぼ使えない状態であること、そして隣のB様からの主張内容からして、そう簡単に解決できる問題では恐らくないことを正直に伝えた。こちらもビジネスとして動く以上できることには限度があり、利益を生まなくてはいけないのである。とても労力に見合う利益が生まれる案件とは思えなかった。A様は落胆した様子だったが、こちらの事情も察してくれた。B様とのことは長年悩みの種だったようで、遠縁の親戚ではあるものの些細なことでトラブルが絶えず、B様は事あるごとに周り近所にA様に土地を盗まれたとふれ回るのが常だったという。実際に十数年前にB様から訴えを起こされ、民事裁判事件として争われた時の記録を見せてもらった。判決内容には登記された土地はA様の正当な所有地であることを認め、B様の訴えを棄却するとあった。A様が語ってくれたところによると、土地が分割された当時、兄弟に分け与えられた記録は残っているが、相当に昔のことであるから(当然A様自身まだ生まれていない)、今の感覚とは違いかなりあいまいな形で分けられたのではないか。その後、境界を明確にせぬまま世代が移って、当時の詳しい経緯を覚えている人間はいなくなり、登記の記録だけが残った。A様もB様もそうした土地を親から受け継いだだけなので、実際問題として争うだけの根拠となる資料も残っていないのが実情であるという。A様からすれば、ただ受け継いだ土地についてB様から一方的に責め立てられる状態が続いていたということだ。それが本当だとすればなんとも同情に堪えない話であり、無駄骨を覚悟でもう少しだけ可能性を探ってみることにした。
近所でも有名な迷惑おばさんに対抗する術はあるか
元々同じ一族の集落だけあって物件周辺を歩くと、A様と同じ苗字(B様もだが)の表札ばかりである。そこで近隣の聞き込みから始めた。A様から依頼を受けた不動産屋であることを伝えると、幸いどの家も快く玄関に上げてくれた。この事実だけでもA様の人柄が垣間見えるというものだが、A様とB様の争いの経緯について詳しく知っている人は見つからなかった。しかしながらどの家からも口々に聞こえるのは、B様のA様に対する悪口をひたすら聞かされることへの閉口ぶりと、数世代前の事で責められ続けるA様への同情の言葉である。どの家もB様とも親類であるがゆえに口悪く毒づいて回るB様を無視はできず、かといってあまりに一方的すぎる主張に同意することもできず、一言でいえば困り果てていた。そして聞こえてきたのはA様の家の売却は、B様との縁を切る上でぜひ叶えてあげてほしいという同情の声であった。
こうしたご近所の生の声によって勇気づけられもし、また問題の全体像も見えてきた。これは権利関係の争いなどではなく、単に近所迷惑な隣人とのトラブルなのである。なんとか黙らせる方法はないものだろうか。
そして再建築ができない問題を抱えつつ、どう売るのか。
次回に続く。
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