住宅ローンのへんてこ②

こんにちは。へんてこ不動産調査室です。

当ブログは、筆者が過去に実際に取扱った、奇怪な土地形態、奇天烈な権利関係、不可思議な売却経緯をもった「へんてこ不動産」をプロの不動産屋の視点から紹介、解説していくブログです。

さて、今回は・・・。

目次

住宅ローンのトラブル第2弾!

前回の住宅ローンについての記事にはありがたくも多くの反響を頂いた。そこで今回は住宅ローンの審査に関する問題をさらに深堀りして取り上げていきたい。

エンドユーザー向けの不動産販売や仲介を行う業者にとって、最も悩ましい問題の一つが住宅ローンの審査をいかに通すかという問題である。扱う物件の価格帯によっても異なると思うが、筆者が主に扱ってきた物件の価格帯は2,000万円~6,000万円の価格帯がメインであり、顧客の8割以上が住宅ローンを利用している。どんなに購入意欲の高い顧客に当たっても、ローンの審査が通らなければ成約にはならず、ただただ無駄な仕事が増えるだけである。むしろ初めから購入意欲の高い顧客は用心すべきというのが我々の業界内での常識といってもよかろう。

審査には二段階ある

ほとんどの金融機関において、住宅ローンの審査にはいわゆる仮審査と呼ばれる予備的な事前審査と、正式審査の二段階ある。

仮審査は予備的審査とはいえ、源泉徴収票や確定申告の内容から逆算した借入限度額や設定金利等が把握でき、顧客の信用情報(過去の借入状況や返済遅延の有無など)まで金融機関が確認を行うため、仮審査でOKが出れば、ほぼ安心というのが今までの通例である。多くの不動産業者において、仮審査を通過していることが売買契約へ進む必須条件としているのはこのためである。

一方、正式審査は、売買契約を締結した後でなければ進むことができない。審査書類には売買契約書や重要事項説明書を添付し、契約内容のチェックをはじめとして、印鑑証明書や課税証明書などの公的証明書の提出が求められ納税状況の確認、また団体信用生命保険加入のための健康状態の告知を行うといった、どちらかというと仮審査の補完的な部分の審査を行う段階であり、確認作業といった意味合いが強い。

ネット銀行の仮審査はあぶない

ところが最近では、ネット銀行を中心にWEB上の必要項目を埋めるだけのWEB審査が主流となりつつあり、仮審査においては申込書の記入は元より、身分証明書や収入証明といったエビデンス資料の提出も不要とする金融機関が増加している。こうした簡素化された審査では、顧客の自己申告の内容しか見ていない訳で、回答までのスピードは非常に早いものの、その分審査の精度は全くと言っていいほど当てにならない。

このようなネット銀行のWEB審査しか行わずに契約に進むのはリスクが高いため、多少面倒でも申込書の記入や資料の提出を必要とする金融機関も並行して審査しておくことが業務の鉄則である。(最近では大手都市銀行でも申込書の記入に代わってWEB上からの入力のみで審査できるシステムが登場しているが、それでもエビデンス資料の提出は必須である。)逆にいえば、ネット銀行の審査のみで契約に進もうとする不動産業者がいたら、あまり信用すべきではないだろう。後々のトラブルのもとである。

養育費も債務と見做される

意外に知られていないことだが、養育費の支払いは既存の返済と同じように見做され、審査に影響する。以前、筆者のお客様にI様という外資系の大手経営コンサルタント会社に勤めるエリートビジネスマンがいた。歳は40代前半で、美人の奥様と小さなお子さんの3人家族。借りている賃貸が手狭となり、勤務地に近いマンションを探していた。予算は5,000万~6,000万とそれなりの価格帯を希望していたが、年収は申し分なく過去の借入れも全くないとのことだった。

一見して理想的なファミリー顧客であり、喜び勇んで物件を紹介した。当然仮審査もスムーズに通過し、契約したまでは良かったのだが、正式審査で問題が発覚したのである。

後で分かったことだが、I様には離婚歴があり前妻との間に双子の子供がいた。まだ小さな子供のため双子の養育費を負担していたのである。仮審査の時点では離婚歴があるなど筆者には思いもよらず、訊きもしなかったので、向こうもあえて言わなかった。ただI様はこちらの「借入れはないか」の質問に対し「ない」と回答し、事実銀行の調査においても借入れは見つからなかったため、もちろん嘘をついたわけでもない。

正式審査が否決に

後日、審査結果が否決で返って来たため驚いていると、銀行の担当者が言葉を濁しながら、こっそり教えてくれた。「I様は当行ですでに口座を持っているが、決まった額の定期的な送金がある」という。そこで筆者も合点がいって、それとなくI様に訊いたところ養育費の存在が判明した。仮審査の時は奥様が一緒で言い出せなかったのだという。その上で「実は妻にもその辺の事情をあまり詳しく話しておらず、上手くローンを組む方法はないか」というので、急いで別の銀行で再審査を勧めた。他行ならば口座の動きまでは見えないので通る可能性がある。

幸い別の銀行では無事に審査が通り、I様は事なきを得て筆者も胸を撫で下ろしたが、この事件は筆者にとっても盲点であった。

産休・育休中はローンが組みづらい

多くの金融機関で産休・育休の期間中はローンが組みづらい、もしくは組めたとしても借入限度額が大幅に減ってしまうことが知られている。理由は単純で、その期間中は一般的に収入が減ってしまうからであり、休みの期間が明けても復職できるかどうか保証がないというのが金融機関側の理屈である。復職証明などを提出しないと審査すらしてもらえないのが実情であろう。

ところが一度ローンを組んでしまえば、その後何度産休に入ろうが、育休を取ろうが、もはや銀行は一切関知しない。加えて筆者の知る限り、産休・育休中の収入減に対する保険対応などを講じているような銀行もない。ただ一部の金融機関で、一定期間元金の返済を据え置き、金利のみの返済に支払方法を変更できたり、フラット35においては令和5年度の補正予算により、「子育てプラス」という子供の人数に応じて金利を引下げる制度(2024年2月13日以降の資金受取分から適用)が新たに導入されている程度である。住宅購入層にとっては当然起こりうるライフイベントであるのに、ずいぶん無関心な態度である。その程度の扱いならばそもそも審査時にそこまで過敏になる道理はないはずであり、ひとえに女性の社会進出が困難だった時代の古い慣習の名残ともいえよう。

ローン実行のために産休が取れない!?

S様という若い夫婦のお客様が中古マンションを購入し、正式審査も終えて、後は引渡しを待つのみであった。しかしこの中古マンションには入居者がいた。S様からみて売主であるこの入居者も次に購入する物件がすでに決まっており、つまり買い替えをするのである。売主が購入先に移った後にS様夫婦がこのマンションに引っ越すという、いわゆる玉突き状態である為、引渡しまでの期間が9か月ほどあった。S様は夫婦とも正社員の共働きで、奥様も連帯債務者としてローンの審査に加わったのだが、審査の時点ではまだ妊娠が発覚していなかった。ところが、しばらく経ってからおめでたが判明し、ちょうど引渡しの時期が出産のタイミングという事になった。S様夫婦にとって初めてのお子さんであり、ご夫婦の喜びはひとしおで、筆者も大いにお祝いした。奥様は大事を取って早めに産休を取得し奥様の実家で出産したいという話だったので、当初は筆者もその計画に大いに賛成したのであるが、後日銀行から待ったがかかった。

決済が終わるまで生んではいけない!?

銀行は、審査時点の状況とローン実行時の状況が異なっては困るというのである。つまり、産休に入るのは構わないがローン実行の後にしてほしい。ローン実行の前に産休に入られてしまうと審査時点の内容と勤務状況が変わってしまうため、審査のやり直しが必要であり、結果によってはローンの実行ができなくなるという。しかし、それでは決済直前に再審査しなければならず、それで万が一審査が通らずにローンが下りないということになれば、最悪の場合契約違反ということもありうる。それを聞いて怒ったのはご主人で、「そんなことを言われても子供の生まれるタイミングなど自由に図れるものではないし、うちに子供を産むなとでも言うのか」と、途端にお祝いムードも台無しになってしまった。

もちろん出産のタイミングを遅らせるわけにはいなかい為、あとは売主に引渡しの時期を何とか早めてもらえるように頼むしかない。とはいえ、この売主の次の新居は新築の一戸建てであり、まだ建築工事中なのである。新居完成と同時に売主が引越し、空き家になったマンションにS様が入居する算段なのだが、売主の努力如何で建築工事を早められるものでもない。しかし売主からしてみれば、自宅のマンションが無事に売れなければ新居の購入費用が払えなくなってしまうわけで、それはそれで困ったことになるのである。ハウスメーカーに無理を聞いてもらい、一方でS様の奥様には産休に入るタイミングをギリギリまで遅らせてもらうことで、最終的になんとか辻褄を合わせることができた。多くの人間を巻き込む大惨事になりかねない事件であり、今思い出しても冷汗が出る思いである。

団信の告知義務とは

住宅ローンを組む上で必ず加入しなければならないのが(一部例外はあるが)、団体信用生命保険(団信)である。住宅ローンは長期で返済を行っていくので、その間に万が一名義人が事故や病気で死亡したり、あるいは重度の障害を負ってしまい就労が困難になった場合の保険である。この保険が適用されると、その時点の残債分の保険料がまるまる下りることになり、つまりそれ以降の返済を免れることができるというものである。そのため、ローンの正式審査の段階で、金融機関の提携する保険会社に対して自身の健康状態を告知した上、保険会社による審査を行う。近年では、死亡や重度の障害だけでなく、3大疾病や8大疾病といった特定の病気に診断されると、その時点で保険適用できる特定疾病保障付団信や、それ以外にも独自の保険適用要件を打ち出している金融機関も少なくない。また持病などがあっても加入しやすいように条件が緩和されたワイド団信を選択できる金融機関も増えている。ただ、それでもやはり生命保険である以上、死亡リスクに繋がる可能性のある疾病を抱えていると基本的に加入は難しいのが実情である。

自分は健康と思っていても要注意

U様という50代の看護師で単身女性のお客様がいた。長年賃貸で暮らしてきたが、老後のことを考えてマンションの購入を希望していた。気に入ったマンションが見つかり契約も無事に終わったが、いざ正式審査の段階で団信の書類を記入してもらっていると心臓に持病を持っており、定期的に通院しているというのである。

迂闊だった。事前の確認を怠っていたのである。U様は人一倍快活な性格で、まして看護師のお客様でもあり、筆者はなんとなくスルーしてしまっていた。しかしU様はあえて隠していたわけではなく、そもそもローンの審査に自身の持病が関係することなど思いもよらなかったのであろう。U様は「持病と言っても普段の生活には全く支障なく、今すぐ命に関わるような病気ではないし、通院も検査のみだから問題ない」といつも通りの楽天ぶりを発揮していたが、結果は見事に否決であった。いくつかの金融機関のワイド団信なども当たってみたが、どこも難しく、唯一団信不加入でもローンが組めるフラット35は、たまたま適合要件を満たしていない物件だった。

告知義務に違反したらどうなるか

なす術なく筆者が途方に暮れていると、U様は「持病を告知しなければバレないはずだから告知せずに審査したい」と言ってきた。当然それは告知義務違反となり、万が一の際に保険金が下りないリスクを負う事になる。しかしU様は「万が一自分が死んだときには、残される家族もないし、借金を肩代わりさせられるような親類縁者も既にいないので誰にも迷惑はかからない。むしろこのまま住宅を持てないことの方が自分にとってはリスクだ」という。だが、事実を知ってしまってる以上、筆者も金融機関に対して嘘は言えない。そこでやむなくこちらからのローンの斡旋はやめて、あくまでU様の自主ローンという形で、自身で金融機関に掛け合ってもらうことにした。もちろんすでに審査に落ちた保険業者と提携している金融機関はもう使えない為、審査できる先はかなり限られたはずだが、しばらくして最終的にある銀行でOKが出たという連絡をもらった。U様にはその銀行に対して持病の告知をしたのかどうかあえて訊かずに、そのままそそくさと決済を終わらせたが、その後なんとなく連絡しづらくなってしまった。

U様が今どのように過ごしているのかを筆者は知らない。しかし、やはり顧客にとってリスクのある取引に関わった後ろめたさは一生消えることはないであろう。何事もなく過ごされていることを願うばかりである。

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この記事を書いた人

『へんてこ不動産調査室』室長。
不動産会社勤務の現役営業マンであり、へんてこ不動産コレクター。
全国のへんてこ不動産情報を収集、調査する活動を行っている。

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