借地権のへんてこ(前編)

こんにちは。へんてこ不動産調査室です。 

当ブログは、筆者が過去に実際に取扱った、奇怪な土地形態、奇天烈な権利関係、不可思議な売却経緯をもった「へんてこ不動産」をプロの不動産屋の視点から紹介、解説していくブログです。 

さて、今回は・・・。 

目次

日本全国で多くのトラブルの種となってきた借地権 

当ブログのテーマにとって決して避けては通れないのが借地権の問題である。我が国の不動産に関連するトラブルにおいて過去数えきれない訴訟事件を生んできた元凶とも言える土地形態であり、業者の中には借地と聞いただけで逃げるようにそそくさと手を引いてしまう者も少なくない。筆者も過去何度もこの借地をめぐるトラブルを目の当たりにしてきた。 

しかしそれでも未だに不動産業界において一定の割合で取引があり、それはつまり裏を返せば一定の需要があるということである。実際に筆者の顧客でも借地権付き住宅を購入してもらったケースは1件や2件ではない。そこで今回はテーマとしては大きすぎて少々荷が重いのであるが、この借地権の問題を取り上げてみたい。 

前半では借地権の概要と歴史、そして問題点を整理し、後半で具体的にあったトラブルの実態を暴いていこうと思う。 

借地権付き住宅とは 

借地権付き住宅にどのような印象をお持ちだろうか。インターネットで住宅探しをしたことのある方であれば一度は目にしたことがあるかもしれない。ぱっと見相場よりもかなり安く出ていると思いきや、よく見ると土地権利の項目が所有権ではなく借地権だったという経験のある方もいるのではないだろうか。借地権付き住宅の特徴は、土地を所有しない分安価に購入でき、土地に対する固定資産税や都市計画税もかからない。ただしその代わりに地主に対して毎月地代を支払うという土地形態である。 

借地権におけるトラブルの大半は土地を借りている借地権者と土地の所有者である地主との間の地代もしくは立ち退きに関する問題が主であるが、その原因は借地権というものの成立した歴史と大きく関わっている。 

なお本題に入る前の前置きとして、そもそも借地権には「民法上の借地権」と「借地借家法に基づく借地権」の2種類がある。前者の「民法上の借地権」とは、建物の所有を目的としない単なる土地の賃貸借であり、月極駐車場や資材置き場などがこれに当たる。適用される法律も民法であるため「民法上の借地権」と呼ばれる。 

一方、後者の「借地借家法に基づく借地権」は建物の所有を目的とする賃借権のことである。簡単に言えば他人の土地を借りて自分の建物を建てられる権利のことであり、ここで取り上げる借地権とは後者の「借地借家法に基づく借地権」である。 

借地借家法に基づく借地権の特徴 

賃借権の一種である借地権だが、借地借家法に基づく借地権にはいくつか特徴がある。まず借地権自体が売買の対象となりうる。但し借地人が第三者へ借地権を譲渡する場合は地主の承諾が必要である。そして一般的に借地権価格の1割程度を譲渡承諾料として地主へ納める必要がある。 

また借地権は相続の対象として相続税も課される。当然所有権と比べて権利が制限されるため、所有権の場合の土地評価の6~7割程度(東京の商業地など地価の高い地域は8~9割程度)となることが多い。つまり借地権は財産として扱われる権利なのである。 

ちなみに借地権の一形態として地上権というものがある。地上権は第三者への譲渡を地主の承諾なしに自由にできるなど借地人にとって制約の少ない契約形態であり、従って地主にとって不利なために設定されているケースも限られており、借地権とは区別される。 

借地権の歴史 

借地権の元となる法律は明治時代にまで遡る。そもそもそれ以前の江戸時代には領主である大名が所有する土地を農村が集団で管理し、農民は割り振られた土地の面積に応じて耕作し年貢を納めていた。また一方、城下町などの都会では裕福な町人が長屋を建て、他人に貸すことはあっても、土地はやはり領主のものであり、庶民は一様に年貢を領主に物納していたわけである。この当時一般庶民に土地を所有するという概念はほとんどなかったと思われる。 

それが明治政府に変わり富国強兵を目指していく中で税収を安定させるため、物納ではなく金納に切り替え、その上で土地所有者を納税義務者とした。土地の私的所有を認める代わりに政府が地券を発行し、そこに地名・地番・地種・地積・地価・租税額・土地所有者を明記した。そしてこれは後の登記制度に引き継がれていくのである。 

土地の所有者には地価の3%という当時としては非常に高額な税率が課されたために、土地を手放す農家や町人が続出し、地域の有力者が広大な土地を獲得する一方、多くの借地人が誕生することとなっていった。 

所有権は絶対不可侵 

明治という時代は封建制から民主制への政治体制の転換期であり、また経済的には西欧の資本主義が導入され産業が大きく発展した時代でもある。都会の地価は上昇し地主はより有利な土地利用を目指して土地売買も盛んになっていった。そうした中、法律の観点からも大きな転換期が訪れる。明治29年に初めて民法が制定され、市民生活における基本ルールが整備されたのである。この民法における基本原理として所有権絶対の原則がある。所有権は国家の法にも優先する絶対不可侵の権利であるとする理念である。これによって所有者の権利が絶対のものとされる一方、借地人の立場は著しく弱いものとされた。 

こうしたことから「売買は賃貸借を破る」という法格言まで生まれている。つまり地主が変われば、借地人はその新しい土地の所有者に借地権を主張できないということだ。せっかく自分の家を建てても、土地が売られて新しい地主に退去を求められれば壊して出ていかなくてはならない。そこで地主同士で形式的な売買契約を交わし、立ち退きを迫ったり地代の値上げを要求したりする行為が横行し、地震のように建物を脅かすことから地震売買と呼ばれ恐れられた。 

建物保護に関する法律と借地法・借家法 

事態を重く見た政府は明治42年「建物保護に関する法律」制定し、借地人が所有する建物を登記すれば、第三者へ借地権が主張できる対抗要件を持つことが出来るようになった。これが今の建物所有を目的とする借地権の原型であるといえよう。ただし当時の民法では賃借権は20年を超えることができず借地も借家も定期契約であり、借地権者の権利はまだかなり限定的であった。 

大正10年になってようやく借地法・借家法として法整備が行われ、目的物である建物の種類(堅固・非堅固)や期間(最短20年)が定められ、地主の承諾があれば借地権の売買・再建築などが認められるようになるなど、これが現在の借地借家法に通じる基礎となっている。 

戦争と借地法の改正 

世情が徐々に暗くなっていき、各地で戦争が増えて次第に全体主義的な空気が濃くなってくると、今度は地主にとって受難の時代がやってくる。 

昭和12年に日中戦争がはじまり、政府は戦争特需による急激な物価高騰を抑えるため国家総動員法による物価統制を行い、あらゆる物の価格の上限規制を設けるようになった。地代についても地代家賃統制法を定め市場相場よりも極端に低い価格を上限としたのである。 

さらに昭和16年太平洋戦争勃発のタイミングで借地法が改正され、存続期間が満了しても正当事由がなければ更新を拒絶できないこととされ、建物が存続する限り借地権を更新できることが原則となった。これは出征兵士の居住の安定性を守るための戦時緊急立法として改正されたのであるが、戦後もこの正当事由制度は残され、これ以降土地は一度貸したら二度と返ってこないものとなった。 

借地非訟 

戦後の混乱期、家に困った人に地主が土地を貸したケースはかなりあるようだ。ところが一時的に貸したつもりがそのまま居座られてしまい、いつまで経っても返してくれないといった事例も多かった。とはいえ、借地上にある建物の売買や建替えには地主の承諾が必要であり、やがて来るであろうそうしたタイミングまで我慢していた地主に追い打ちをかけたのが昭和41年に導入された借地非訟だ。これは地主に拒否された場合も裁判所が認めれば、建物の売却や建替えができるという手続きである。これによって一度貸した土地を取り戻すことは決定的に難しくなってしまった。 

今でも多くの地主から、戦後すぐに祖父や曾祖父が人助けと思って貸した土地が、その後何世代にも渡って人が住み続けて未だに返ってこないという話をよく聞く。もちろんその分の地代は入ってくるわけだが、今の相場とはかけ離れた安い金額のまま更新し続けているケースが非常に多いのである。 

借地借家法(新法)の制定 

高度成長期からバブル景気の時代にかけて、各地で再開発が進み地価は著しく上昇したが、地代は相変わらず当時のまま、さらに返ってくる見込みもないとなると地主と借地人の関係は悪化する一方であった。地主はなんとかして地代を引き上げ、事あるごとに契約解除を要求するなど訴訟が相次ぐようになり、問題の表面化を受けて平成4年に現行の借地借家法が成立した。それまでの建物保護に関する法律・借地法・借家法は廃止され、一つに統合されたのである。この新法によって予め期間を定めたら更新することなく契約が終了し、必ず土地が返還される定期借地権が創設され、これを使えば地主も計画的に土地利用することができるようになった。 

しかし既存の借地契約を一気に新法の規定に切り替えるわけにはいかないため、新法施行前に成立した借地権については旧法借地権として存続させ、契約が途切れるまでそのまま旧法の適用が引き継がれることとなった。このことが現在においても多くのトラブルを生む要因となっている。 

借地権トラブル解決の難しさ 

かなり長くなったが、以上が借地権の辿ってきた大まかな過程である。時代の状況に合わせて変遷を繰り返してきた借地権であるが、新法成立から30年以上経った現在においてもトラブルの火種は尽きていない。 

またさらに事態をややこしくしているのが、旧法借地権について争う場合、すでにお互いの世代が移って経緯の分かる資料が散逸してしまっていたり、そもそも契約内容が書面化されていないなど、事務的な困難さもつきまとっていることである。弁護士や専門業者に解決を頼んでも、根拠となる資料がなければどうすることもできない。戦後間もない頃はそれどころではなかったと言えばそれまでだが、ある意味において戦争の遺産が今も残されているといえよう。 

新法借地権における問題点 

また新法における借地権には問題がないかといえばそうでもない。新法の借地権は普通借地権・一般定期借地権・事業用定期借地権・建物譲渡特約付借地権・一時使用目的の借地権の5つに分類されるが、巷で最もよく目にするのは一般定期借地権である。 

一般定期借地権は存続期間を50年以上とし、期間が満了すると法定更新することなく建物を壊して地主に土地を返還しなければならないというものである。近年ではマンションにおいてもこの一般定期借地権を使って建設し、安い価格帯で分譲している物件がある。しかしどうしても期間限定の建物であるため中古市場における流通性という観点では厳しく見られがちだ。そしてそれは金融機関からの評価も同様であるため、住宅ローンを組もうと思っても取り扱ってくれる銀行が見つからないといった事態もしばしばである。仕方なく売り手はさらに売却価格を下げざるをえないといった負のスパイラルに陥りがちであり、分譲時の値段が安いからと言って安易に飛びつくのは危険だ。 

そういう意味で、実は旧法借地権の方がむしろ将来的な流通性は確保されているといえる。一度建物が建ってしまえば半永久的に借地権を行使することができてしまうわけであり、金融機関においてもその多くが定期借地権はダメでも旧法借地権の担保価値は認めている。こうしたある種ねじれた状況も借地権をめぐる問題の解決を阻む要因となっているのである。 

さて、ここまで借地権の概要と辿ってきた変遷、またその問題点を整理してきた。次回のブログでは具体的なエピソードとともに問題の実態を暴いていきたい。つづく 

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この記事を書いた人

『へんてこ不動産調査室』室長。
不動産会社勤務の現役営業マンであり、へんてこ不動産コレクター。
全国のへんてこ不動産情報を収集、調査する活動を行っている。

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