こんにちは。へんてこ不動産調査室です。
前回のブログでは前編と題して借地権の概要や歴史について説明したが、この後編では筆者が関わった具体的なエピソードとともにさらに借地権の問題を深堀していく。
借地権を売却する
祖父の代に土地を借りて一戸建てを建てたが、今は祖父も両親も亡くなり、空き家になった家の借地権を処分したいという相談を受けた。相談者のN様は2年前にご主人に先立たれて娘さんと同居しており、その娘さんに伴われて相談に来たのである。
代々受け継いで借地期間はゆうに80年を超えているというから、いうまでもなくこれは旧法借地権である。注意しなくてはいけないのは、借地権を第三者に売りたいと思っても勝手に売却することはできず、地主に借地権の譲渡を承諾してもらわなくてはならない。せっかく買い手を見つけたとしてもその後で地主から拒否されたら元も子もないのである。前編でも記したとおり、仮に地主に拒まれたとしても借地非訟を使って裁判所に訴える方法があるにはあるが、まずは地主と交渉しておくことが借地権売却の第一歩である。
N様は地主にはまだ何も話していない状況だった。ここで相談する業者を間違えると「地主の譲渡承諾が取れてから来てください」と突っ返されてしまうケースも多い。
借地権を地主が買い取るというパターンも
N様の借地は、その辺りでは古くからの地主であるI様からN様の祖父が戦前に借り受けた土地で、昔は周辺一帯にN様の他にたくさんの借地人がいたそうだが、今では少しずつ住宅が減って、所々駐車場になっている区画や借地人が出ていった跡地に新しくアパートが建った区画などが散在しているという。念のためこれらの駐車場やアパートの所有者を調べてみると、子孫に名義が枝分かれしているもののすべてI家の名義になっており、I家はこの辺一帯の土地を所有する大地主であることが分かった。
そしておそらくこの地主は借地権の譲渡を認めておらず、自身で所有地の新たな有効活用を考えているのではないだろうか。地主にとってみれば、借地権が第三者に移れば、またしばらくは自身で土地を使うことができないことになる。それなりの借地料が取れているなら別だが、N様の借地料は戦前からの契約内容がそのまま引き継がれているため今の相場とは比べようもなく安く、そんな非効率な借地をいつまでも残しておいたところで仕方がないのである。
しかし、それなら第三者への借地権の譲渡を認めてもらう代わりに、地主に直接借地権を買い取ってもらえばいいのである。実際そうした交渉になるケースはかなり多い。借地人にしてみれば、第三者に売却するために地主に承諾料を払う必要もなくなり、また他に売られては困るという地主の弱みにつけ込んで売却価格を吹っ掛けることも可能なのだ。最終手段として借地非訟という強硬策もある。その線でまずは筆者が地主に当たってみることにした。
いざ、地主へ買取交渉
I様の家は大邸宅というほどではないが、いかにも古くからあるかなり大きな日本家屋であった。事前連絡もなくいきなり訪ねたが、ご主人が出てきて意外にも丁重に中に通された。初老の温厚そうなご主人であったが、こちらとしては立場を明確にするため、態度を軟化させるわけにはいかない。第一声から「借地権を手放すにあたり、第三者に売却する選択肢もあるが、そちらに買い戻す意思があるなら交渉しないでもない。」と強気に出た。I様は静かに笑いながら「そういうお話だろうと思ってました。どの借地人様も出ていくときは借地権を買い取らないかと来ますので」と冷静だった。それならいっそ話が早い。さっそく査定書を用意するので改めてお話に来ますと迫ると、I様は「それには及びません。路線価の評価額で算出した金額だけ教えてください。こちらは買い取るしか選択肢がありませんので。」とあっさり話が完結してしまった。路線価とは国税庁が毎年公表している全国の土地評価の指標で、市街地の借地権評価額を算出するのに一般に使われている価格のことである。地主が評価額通りの価格で借地権を買い取るということはほぼ満額回答に近い。予想外の肩透かしを食ってこちらがまごついているのを察して、I様の方からいろいろ事情を話してくれた。
地主と借地人の意見は永遠に交わることのない平行線
聞けばI家は代々土地を受け継いでおり、借地として貸している土地が多い分、借地権を巡って過去には何度もトラブルを経てきたという。先々代、つまりI様の祖父の時代に、地域の盟主として困った人に対して積極的に土地を開放した結果多くの借地が生まれたこと、代が移って住む人が変わればそうした経緯は忘れ去られて、気が付けば借地権などという権利が叫ばれて、出ていく代わりに権利を買い取れと迫られるようになったこと、貸した側からすれば土地を使わないならただ返してくれればいいだけなのだが、お金を払わなければ返してもらえなくなってしまった。それでも昔はずいぶん争ったものだが、やがてそれも不毛と諦めて、こうした話が出る度にお金を払って先祖の土地を守っているという。
これまで筆者は地主の立場から借地権を考えたことがなかったが、I様の話は地主側の率直な意見であったろう。言われてみればその通りで、貸している間の地代はあるものの、80年以上も格安の賃料で貸し続けた挙句、いざ返してもらうとなったら80年分の地代の総額を上回る金額で買い戻さなければならないとしたら、貸した側に何のメリットもない、ただの貸し損である。
一方、経緯はどうあれ借地権という権利が確立されているのも事実で、借地人が権利行使を主張するのは当然である。ここに地主と借地人の意見が永遠に平行線を辿ってしまう構造的なゆがみがある。
建物の取り壊しは借地人の負担
I様の話を聴けば聴くほど同情を禁じえなかったが、I様は余計な交渉の手間をかける気もないようだった。借地権の買取金額を路線価の評価額としたのも、借地人側からそれ以上の異論を挟む余地をなくすためである。
もう一つ、土地を返還するにあたりトラブルの種になりがちな項目として建物の取り壊しの問題がある。借地人が土地を返還する際は更地にして返還するのが原則であり、つまり借地人の負担で建物を解体する必要がある。元手のない借地人の場合など地主側で面倒を見ざるをえないといったケースもよくある。しかしN様からは予め買取金額に納得がいけば、建物の解体は自分で負担すると話がついていたので、異論が出るはずがない。I様には早速、建物の取り壊しが完了次第、土地を返還することを約束した。
地下に謎の空洞
建物取り壊しの準備が始まった。相談者のN様自身はこの家に住んだことはなく、亡きご主人の実家である。この家は義父様が八百屋を始めて建物も自宅兼店舗の造りに改築されていたが、正確な築年数は分からないほど古く、登記簿にも記載がなかった。中に入ると家財で溢れており、荷物の処分費用を含めると解体費用は通常より高めの見積もりだった。幸いアスベストは検出されなかったため、早速家財の搬出作業が開始された。
ところが、家財の搬出がある程度終わった頃、解体業者から見てもらいたいものがあると現場に呼び出しがあった。床下に人一人が入っていける程度の穴が開いており、しかも相当に深いというのである。懐中電灯で照らしても穴の底がよく分からず降りていくことができない。入口は木の板で蓋がされており、その上に段ボールが積み上げてあったために見積もり時点では分からなかったのだという。防空壕ではないかとも思われたが、とにかく所有者に確認をしてほしいというので、急いでN様に連絡したが、穴があるという話は聞いたことがないという。念のためI様にも何か知らないか聞いてみたが分からなかった。
まるで古代遺跡のような地下施設が出現
解体業者と相談してとにかく上物を壊してみないことには全容が分からないというので作業を進めることになったが、筆者は気が気でなかった。防空壕のような頑丈な構造物だとしたら解体費用がどれぐらいかかるか想像もつかなかった。そして問題なのは誰が費用を負担するのかということである。建物の一部であれば借地人の負担であろうし、建物が建つ前からあったものであれば地主の負担になるのが通例と思われるが、現段階ではそのどちらもその存在さえ知らなかったと言っている。
しばらくして上物の解体が完了したと聞いてすぐに現地へ駆けつけたが、想像以上の光景であった。空洞の正体は防空壕ではなく、巨大な地下倉庫だったのである。深さ3mほど、いくつかの小部屋に分かれているものの広さは50㎡ほどあり敷地全体の3分の1近くが空洞になっていた。周りはコンクリートで頑丈に固められ、驚いたことに地下室へと繋がる階段もついていた。上から覗いたあの穴はこの階段とはかなり離れた位置にあり、何のための穴だったのか分からない。不思議なのは地下への階段の入り口は建物の床に完全に覆われて使えなくしてあったことである。あの覗き穴が唯一の出入口だった可能性もあるが、3m以上の梯子を上り下りしていたとはちょっと考えられない。
地下倉庫の中はがらんとした状態であった。人間一人がすっぽりと収まるような大きな水瓶が2つあるぐらいで、その水瓶も空だった。
地中の埋設物は誰のものか
全容がわかったところで、追加の見積もりを取ることにした。コンクリートを少しずつ壊して解体していくには新たな重機が必要で費用は倍近くなることが分かった。あとはこの地下倉庫を拵えたのが誰なのかが問題である。先述のとおりN様の義父様が八百屋をやっていたころは少なくとも地下への階段の入口の上に建物が乗っかっており、塞がれていた可能性が高い。となると最初の借地人である祖父の代に作られたものなのか、あるいは借地として貸しに出される以前の産物なのか。しかし借地以前はただの畑であり、そんなところにわざわざ地下施設を作る理由がないというI様の話は説得力があり、N様にそのことを話すと分が悪いと感じたのか、最終的に土地はI様のものなのだからI様が処理すべきものと勝手に決め込んでしまった。建物の解体は約束したが地下倉庫など知ったことではないという開き直りである。
結局泣きを見るのは地主
借地に限らず、土地の取引において当人同士も知らない地中埋設物が出てくるトラブルはよくあるが、借地の場合、残されて困るのは地主だ。そのまま埋め戻すわけにもいかず、借地人が開き直ってしまっては自分で処理するしかない。筆者も少なからぬ責任を感じ何度も頭を下げたが、I様の嘆きは深かった。しぶしぶ地下倉庫の解体費用はI様が持つことで作業が再開された。
I様はもともとこの借地が戻ってきたらアパートを建てるつもりで準備を始めていたが、地下倉庫の解体で思わぬ出費がかさんでしまったため、その計画も立ち消えとなった。解体が終わって無事に手続きが済んだ後で土地をどうするのか聞いたところ、ひとまず駐車場として貸しに出してわずかずつでも出費を回収していくしかない、地主業というのは本当に損な役回りだと話してくれた。
いまだ解決が見えない借地権問題は多い
この1件は地主と借地人のアンバランスな関係性が非常にわかりやすい事例で、筆者が借地権に興味を持つきっかけとなった案件である。今回は訴訟にこそ発展しなかったが、借地権を巡るトラブルの多くが訴訟問題にまで発展し、未だ解決していない事件が後を絶たないことも理解してもらえるのではないだろうか。借地権問題については今後も独自にリサーチを続け、問題提起していきたいと思う。
最後に、当ブログがスタートして早1年、仕事の合間を縫いながらなんとか途切れることなく連載を続けてこられたのは、ひとえに読者の皆様の応援のおかげであることを感謝し、今年1年の締めくくりとさせて頂きたい。来年も是非、乞うご期待。
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