こんにちは。へんてこ不動産調査室です。
当ブログは、筆者が過去に実際に取扱った、奇怪な土地形態、奇天烈な権利関係、不可思議な売却経緯をもった「へんてこ不動産」をプロの不動産屋の視点から紹介、解説していくブログです。
さて、今回は・・・。
住宅ローンは借金である
これは紛れもない事実であり、あらためて言うまでもない話である。だが「借金」を「ローン」と言い換えることで、なんとなくニュアンスが濁されてその実態が誤魔化されている節がある。これは住宅ローンに限らず、マイカーローンやキャッシングという呼び方にも筆者は同じようないかがわしさを感じている。
それというのもこれらは扱うものは違えどローンという一つの商品であり、ローンの利用者は貸す側からすれば大事な顧客であるからだ。ローンをより多く、また繰り返し使ってくれる顧客はいわば「良い鴨」なのであり、それらの鴨に借金という重く冷たい足枷を、そうと見えないようにオブラートに包んで売られているものがローンの正体である。
加えてローンの利用者には様々な特典が与えられ、近頃ではわざわざローンを組む必要のない人まで、むしろローンを組んだ方がお得などという風説がまことしやかに囁かれ、マネ活ブームよろしく持て囃されている有様である。
鴨の本来の姿
先ほどローンは鴨に中身を隠すためのオブラートに包んで売られていると言ったが、これは正確ではない。オブラートで隠されているのは実は中身の方ではなく、むしろローンを借りている鴨の本来の姿なのである。
彼らはざっくばらんに言えば「借金をしている人」である。しかしこれではどうも表現がストレート過ぎて、体面がよろしくない。では「ローンを利用している人」と言い換えるとどうか。彼らは商品の消費者であり、“あえて”ローンを利用しているというニュアンスが加わっていることがお分かり頂けると思う。この“あえて”のニュアンスが何よりも重要なのである。自分たちは顧客でありわざわざ利息を払って商品を利用している消費者なのだ、という都合の良い口実が、彼らを世間からも、また自分自身からも本来の姿を包み隠す隠れ蓑となっているのである。
鴨とそれ以外を分けるもの
かくいう筆者も住宅ローンを利用している一人である。読者からは「なんだ、偉そうにこき下ろしておいて所詮お前も鴨の仲間じゃないか」と思われるかもしれない。全くその通りである。だがどうか怒らないで聞いてほしい。鴨は鴨でも、本人にその自覚があるかどうかは重要なポイントではないだろうか。
筆者は現在の自宅を購入するときに住宅ローンを組んだが、自分が借金することをはっきりと自覚して借りた。というのもローンを組むこと自体初めての経験であったし、もともとクレジットカードなども持ってはいたがほぼ使ったことのない現金派で通しており、当然電子マネーの類も全く触れたことがなかった。現金以外で物を買うことへの潜在的な抵抗意識を持っていたことに加えて、妻と共有名義で自宅を購入することにしていたのだが、悪いことに妻にかなりの貯蓄があることを後から知り、結局ローンを組むのは自分一人となったために、この抵抗感はさらに強くなった。
もちろんそれまでも不動産営業マンとして散々ぱら顧客に対して住宅ローンを勧めてきた訳だが、呆れたことにいざ自分が崖の先に立たされた途端にブルブルと縮み上がったのである。自分自身が鴨どころかまだヒヨコであることをこの時知った。
借金における3つの鉄則
そこでローンを組むことでどういった権利や義務が発生するのか、起こりうるリスクなどを一から学び直すことにした。不動産営業マンにとって住宅ローンの知識は必須科目である。にも関わらず、今まで振りかざしていた知識がいかに表面的なものであったか、よくよく思い知らされることとなった。
専門的なプロセスや個々の条件の違いなどはすっ飛ばして、筆者が辿り着いた結論はこうである。
いかなる借金も、
- 借りずに済むなら極力借りないこと。
- どうしても借りるなら必要最低限にすること。
- 借りたものはできるだけ早く返すこと。
非常にシンプルな答えである。
そもそも借金をして得をすることはない。どうあっても貸す側が得をして借りる側が損をするようにできており、これは動かしようのない世の真理である。またどうせ借りるのだから少し余裕を持って借りておく、というのも全く不合理な理屈で単に負担を増やすだけである。そして借りている期間が長いほど利息は増えるので、いかに早く返すかが鍵となる。
上記3つの心得は、太古の昔から伝わる借金をする上で守るべき鉄則だ。現代の日本における税金の還付制度やポイント還元などの仕組みは、あくまで借金の負担を軽減するための措置であり、鴨に対する餌に他ならない。
最悪の場合を考える
しかし借金する上での心得を知っただけではまだ崖から飛び降りる訳にはいかない。万が一返せなくなったらどうなるのかを想定しておく必要がある。
実際、顧客からよく同様の質問を受けることがある。たいがいの不動産営業マンはローンを組んだ後でも返済プランの見直しや借り換えが可能であり、最悪の場合は売却して返済しましょうと答えるはずである。だが、果たして彼らは本当に最悪のケースを想定しているだろうか。
彼らはきっと、将来金利が上昇した場合の返済額のシミュレーション、10年後・20年後の借金の予想残額、購入した不動産の将来的な売却予想価格、などなど色々な資料を見せてくれるに違いない。さらには病気やケガで働けなくなった時、火事や地震などの災害が起こった時、そして死亡した場合の保険対応など、昨今の住宅事情において万が一に備えたセーフティネットは実に多岐に渡っているといえよう。
ちなみにファイナンシャルプランナーという資格がある。将来の資金計画に不安を感じたら一度相談してみるのも手だ。彼らは不動産の知識だけではなく、税金、保険、年金などお金に関わる知識を幅広く持っており、色々な角度から家計をチェックしてくれる。不動産の購入をきっかけに相談に訪れるケースは年々増えているという。
しかしそれでも、現実に返済が滞ってしまったら最終的にどうなるのであろうか。
裁判所による競売
そこに至るまでの事情は一旦置いておくとして、返済が滞るとまず金融機関から督促状が届く、あるいは督促の電話が来る。この時点できちんと事情を説明し返済の意思を伝えることで、金融機関によっては返済プランの見直しや返済猶予の期間を設けてくれる等、ある程度柔軟に対応してくれる場合がある。
ところがこの督促を無視したまま3~6か月程度滞納が続くと、やがて期限の利益を喪失したものとして金融機関から一括返済を求められることになる。期限の利益とは、期日までは債務を履行しなくてよいという利益のことで、期限の利益の喪失とはつまり、返済日まで支払いの猶予を認める権利を失うことを意味する。そしてそれも放置していると間もなく物件が差し押さえられ、裁判所による競売手続きが開始される。所有者は退去させられ強制的に物件を取り上げられることになるのである。
競売は入札方式で行われ売却までの全ての手続きを裁判所が進めるため、売却価格は一般相場から比べると5割~7割程度となることが多い。加えて滞納による遅延損害金や競売にかかった費用なども債務者の負担となり、ほとんどのケースで残債割れ(借金が残ること)となる。競売によって不動産を失ったとしても残債が残っていれば債務が消えるわけではなく、その後も返済し続けなければならない。多くは返済の目処が立たず最終的に自己破産に追い込まれることになる。
任意売却という方法
一方、競売に至る前に債権者と協議し売却を進める方法もある。残債が残ったとしても抵当権を解除することに予め承諾を得て少しでも高く売却することで債務の負担を減らし、返済の目処をつけることを目的としている。競売が強制的な売却であることに対して、債務者の任意で売却を進めることから任意売却(任売)という。任売の流れは通常の売却方法と基本的に同じである。不動産屋に依頼して一般ユーザーに対して販売することが可能なため、相場に近い価格で売却できる可能性が高い。また債権者の方でも少しでも多く債権を回収できた方がいいため、競売という最終手段を講じる前に債権者側から任売を勧めてくるケースも多い。
筆者もいくつか任売物件を扱った経験がある。そこでここからは筆者が過去に取り扱った任売物件の実情をご紹介しよう。
任売物件の特徴
ある顧客からの問い合わせで任売物件を紹介することになった。この顧客はM様といって、若い夫婦で保育園に通う小さなお子さんがいた。保育園に通園できる範囲で中古マンションを探しており、ちょうど近所で条件にピッタリの物件が見つかったのだが、それがたまたま任売物件だったのである。立地条件は申し分なく、室内はそれなりに経年劣化が見られたものの、大規模なリフォームはせずに住める状態だった。一度の内見で気に入ったM様から話を進めたいとの申し出を受けたが、任売物件には通常の物件にはない特徴がいくつかある。最終的な決断をする前に予めしっかりと説明しておかなければならない。
①売却できる期限が決まっている
一つ目は、任売物件は売却活動できる期間が限られている点だ。債権者からすればすでに返済が遅れている上、いつ売れるか分からないものをいつまでも待ってはいられない。売却活動と並行して競売の申し立てを行っているケースがほとんどである。競売中でも開札日の前日までであれば任意の相手に売却することが可能だが、その開札日前日までに決済まで完了していることが必要である。つまり買い手側からすると引渡しの期日が予め決まっている物件ということになる。この物件はM様に紹介した時点で開札日がかなり差し迫っており、契約から決済までの手続きをかなり急ぐ必要があった。しかし、もともといい物件があれば即入居を希望していたM様にとっては特に問題なくクリアできた。
②停止条件付き
不安の色が見えたのは二点目の特徴である。任売物件を売却するには債権者の同意が必要であるが、売買契約を締結した後であっても決済直前になってその同意が反故になることがある。もちろん予め債権者側と協議した上で売却活動を始めるのだが、特に債権者が複数いる場合に起こりがちなことで、債権者同士の取り分で話がこじれることがあるのだ。債権者の同意が得られなければ契約解除せざるを得ないが、売主個人にその全ての責任を課すのは酷というものだ。まして元々資力のない状態であるから、買主から違約金を請求されても支払う原資がない。そこで特約として、決済時までに債権者の同意が得られなかった場合は白紙解約とするという停止条件を付けるのが通例である。つまり買主からすれば、手続きを進めても引渡しの直前までおじゃんになる可能性があるということだ。手付金などの金銭は返ってくるが、ローンの手続きや引越しの準備などに費やした労力はすべて無駄になるかもしれない。
M様にとっては、さっきは期日が迫っているから急いで手続きしてくれと言い、今度はそれで買えなくなったとしても文句は言えないという、なんとも買い手をないがしろにした話に聞こえたようである。そして3つ目の特徴を説明するに及んでM様の不安は頂点に達した。
③契約不適合責任が免責
中古物件の売買において契約不適合責任の負担期間をどのぐらい設定するかはかなりデリケートな問題である。前回の記事「リノベーション物件のへんてこ」でも触れたが、契約不適合責任とは売主が負うべき物件の引渡し後に発覚した不具合に対する責任を意味する。通常、一般個人が売主となる場合、その責任期間を3か月程度とすることが多い。つまり引渡してから3か月以内に判明した不具合については売主側に責任を問えるのである。
ところが任売物件となるとそうはいかない。後から不具合が見つかったからといって、売主にそれを補償するお金がない。そこでほとんどの任売物件は契約不適合責任を免責として販売しており、今回もその例に漏れなかった。
ここに至ってM様夫婦の疑念は最高潮に達していた。これでは買い手ばかりが一方的に不利な契約内容ではないかというのである。言葉こそ濁していたがご主人は奥様に向かってこんな言葉をこぼした。「今のところ室内の不具合はないと言うが、今までどんな使い方をしているかわかったものではない。返済を滞納するような人の言葉は当てにならない。」筆者はなんともやりきれない思いに駆られながらも、必ずしも一方的な条件ではないことを訴えた。当然そうした条件面も加味した価格設定になっており、相場よりも割安だったのである。なだめすかすようにして事情を説明し、どうにか申込書にサインをもらうことができたのである。
引っ越し問題
今回の売主が任売に至った理由は事業の失敗であった。経営していた飲食店が上手くいかなくなり、色々と手を尽くしたものの徐々に返済が滞るようになってしまったのだそうである。学校に通うお子さんもいる家族であったが、これを機に田舎に戻ることにしたという。売り側には元付として任売専門の仲介業者が付いていたが、諸々の手続きの間この売主家族は少なからず肩身の狭い思いをしたに違いない。できることなら住み続けたい家を仕方なく手放すのである。契約締結の際なども買主と対面しながら、なんとも重たい空気が流れていた。それでも手続きは滞りなく進み、間もなく引渡しという段になって一つの問題が持ち上がった。
あらゆる段取りを急いだため、売主家族の引っ越し業者の手配がわずかに遅れ、決済当日の夜の引っ越しになってしまったのである。決済は午前11時である。当日中に登記申請まで完了しなくてはならないため、ここはずらすことはできない。問題は売買代金を支払ってから鍵の引渡しまで数時間のタイムラグができることだった。通常の取引であればその程度の誤差はさほど問題にならないが、M様は納得しなかった。お金を払う以上すぐに鍵を引渡すべきといって頑として譲らない。困り果てている売主を横目に、お金だけ受け取ってそのまま居座られてはかなわないというわけである。なんとか対処できないか色々と考えたが、契約条項に照らせばM様の主張は正しい。仕方なく苦肉の策として、決済と同時に鍵をM様に引渡し、M様立ち合いのもと荷物の搬出を行うこととなった。元付の担当者と筆者で運び出しを手伝うことにし、荷物は引っ越し業者が来るまでマンションの空きスペースに置かせてもらうことで了解を得た。
任売の悲哀
引っ越し作業を手伝いながら元付の担当者から色々面白い話を聴いた。任売においてはこうしたケースはよくあるらしく、むしろかなりマシな方であるという。業者側が散々手を尽くしても、途中で夜逃げ同然で姿をくらまし連絡が途絶えてしまう顧客も少なくないのだそうだ。「同情はするけど、本を正せば自業自得ですからね」という彼の言葉は、彼が身を置く世界の厳しさを端的に表しているといえよう。
荷物の搬出中、M様は早速エアコン業者を呼んで打ち合わせをしていたが、運び出しが終わるとさっさと鍵をかけて帰ってしまった。荷物と一緒に外に放り出された売主家族は夜まで待っていなければならない。今思い出しても同情に堪えない姿である。
別れ際、彼らの姿をしり目にさっき聴いた言葉を繰り返した。同情はするけど、本を正せば自業自得。今回の警句としたい。
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