“海沿いリゾート風物件”のへんてこ(後編)

こんにちは。へんてこ不動産調査室です。

今回は前回から引き続き、一見「海沿いリゾート風」物件でありながら、その実「築100年越えの建物再建築不可、絶賛ご近所トラブル中」物件の後編をお送りします。

迷惑おばさんに内緒でこっそり契約した後に起こった悲劇とは・・・。

目次

迷惑おばさんVS不動産屋

とにかく迷惑おばさんであるB様を黙らせなければならない。正攻法で論理的にA様の権利の正当性を説明しても到底納得しないことは想像に難くないが、きちんとした判決まで出ている以上、こちらが弱腰に出る必要は何もないのである。第三者として強気にきっぱりと物申し、口ごたえするようなら判決文を突き付けて、印籠よろしく「これが目に入らぬか」と脅かしてやろう。まして周辺住民の誰もが迷惑しているのであるから、それこそ正義は我にありだ。自ら気持ちを奮い立たせて、いざ乗り込んだ。

「A様から事情は聞きました。昔の相続が原因であるからA様には何の責任もなく、調査した結果、A様の所有権は権利上正当なものである事が判明しました。B様の気持ちも分からなくないが、売却についても何ら支障はないので当社として売却活動を進めていきます。」以上のことをはっきりと伝えた。

B様は最初、玄関で話を聞いていたが何かをわめきながら外に飛び出した。しばらく呆気に取られながらも、ここで引いてはいけないと思い追いかけてこちらも外に出ると、玄関から外に繋がる通路をしきりに指さしている。そこはB様が自分でブロックを1段だけ並べて作った、一見するとB様宅の専用通路のようになっているのだった。

土地の時効取得が成立するには?

B様の反論はこうだった。

「判決など知ったことではない。裁判所に何が分かるのか。現にうちは長年に渡ってこの通路部分を使っているのであり、このように造作もしている。A様側にブロックの位置を勝手にずらされるなどの嫌がらせを受けてきたのはむしろこちらである。使い続けている以上時効というものがあり、既に所有権はうちにある。」

筆者の最終兵器である印籠はあっけなく一蹴され、相手にもされなかった。それどころか時効取得を主張してくるとは驚きだ。

善意の、つまり自分のものだと思って無過失(知らないことに過失がない)に長年占有してきた土地をそのまま取得するケースはありうる。しかしそれも本来の所有者から権利を主張されることなく、平穏かつ公然と占有が継続した場合、民法では10年間で時効取得を認めている。だが今回のケースは事情が異なる。当事者はいずれも悪意(他人の所有地であることを知っている状態)であり、しかもそれが原因でトラブルが絶えておらず、裁判にまで発展している。民法の規定では悪意であっても20年間占有を継続していれば時効取得が成立するとしているが、あくまで「平穏かつ公然に」が前提である。

理屈が通用しないことはある程度予想していたが、想像以上に話が通じなかった。年配だからなのか、わざと聞こえないふりをしているのか、こちらの言い分に耳を貸す気配もない。とにかくこれからこの物件に住む方はA様とは全く関係のない第三者なのだから、我々やお客様にこれ以上文句を言われてもどうしようもないということを言い添え、その場を去ることにした。

問題は解決しないまま・・・。破格の値段で勝負に出る!

その後何度かB様と話し合いに行ったが、これ以上埒のあかない協議を続けるよりも、A様の希望を早く叶えてあげたかった。A様からすればB様とさっさと縁を切れれば良かったのである。そして何より、筆者自身この案件から一刻も早く逃れたかった。いつまでも利益の見込めない案件にかかずらっているわけにはいかない。当初の目論見はとっくに当てが外れていたし、幸いA様は売れてくれさえすれば金額は問わないというスタンスである。売却にかかる諸費用分と調査の経費だけを上乗せして、破格の値段で売り出すことにした。

なにしろ現場に顧客を連れて行くだけで半日がかりの距離なのである。何日もかけていたら、上司から何を言われるか分からない。短期決戦のつもりでネットにこっそり広告を掲載すると、案の定問い合わせが立て続けに来た。仮にも神奈川県でこんな値段で出ている物件は他にないのである。そこで、訳アリ物件であることを予め電話で説明し、それでもぜひ見たいという顧客に限定して案内することにした。

短期決戦で一気に契約!ところがどんでん返しが待っていた・・・

現地を見る前からかなり興味を示していたお客様がいた。都内に住む年配のご夫婦で、退職を機にほどよく田舎暮らしできる物件を探しているという。

現地に連れて行った所でがっかり期待外れにならないように、事前に電話で脅かすぐらいマイナスポイントを伝えてあったので、聞いていたよりずっとマシという感想が返ってきた。むしろ古民家をDIYしながら住むのが憧れだったというから、これ以上の顧客はいない。ここぞとばかりに営業トークを繰り広げ、手続きを急ぐように煽りにあおった。営業マンというのは自信がない時ほどよく喋る生き物である。最大の不安材料はお隣の迷惑おばさんだったが、奇跡的にこの日は留守にしていたらしく、邪魔が入らなかったのをこれ幸いに、明日の契約を取り付けることに成功した。

契約当日、迷惑おばさんからの逆襲

契約前の重要事項説明は慎重を期した。もちろん嘘をついてごまかすことは許されない。B様との経緯についても事実を述べ、その上で先方とトラブルが起こっても当方は一切の責任を負わないという一文を明記した。それでもお客様はいいと言ってくれた。こんな掘り出し物件はどんなに他を探しても見つからないだろうと大変な感謝の言葉を頂いて、帰って行った。

安堵するのも束の間、ほっと一息つく前にやることがあった。昨日の今日の契約だった為、A様の都合が間に合わず、いわゆる持ち回り契約だったのである。買主にサインをもらった契約書を持って、A様の自宅に急がなければならない。A様はとても喜んでくれていた。これでようやくすっきりと新生活を送ることができる。A様の晴れ晴れとした笑顔を見て、全く成績にならない案件だったが、素直に嬉しさがこみ上げてきた。

A様にサインをもらい手続きが完了して、社に戻ってきたところで電話が鳴った。さっき契約した買主からだった。「契約した後その足で現地に行ったところ、隣の住人が鎌を振り回しながら追いかけてきたので逃げ帰ってきた。すぐに解約したい。」という。受話器を持ったまま、サッと血の気が引くのを感じた。

契約した翌日に解約する羽目に・・・

なんということであろう。これでは近隣トラブルどころか、もはや事件である。怪我がなかったのが不幸中の幸いだった。

翌日の朝一番で老夫婦が来社し、昨日の出来事を事細かに話した。購入した家を外から眺めながら、どこからリフォームの手を付けようかと話していたところ、隣のおばさんが出てきて「あんたらは誰だ」「Aの知り合いか」と問い詰められたので「今日この家を契約した者です。これからよろしくお願いします。」と言った途端、そのおばさんは玄関から鎌を取り出し、振りかざしながら躍り出てきたという。びっくり仰天して近くに停めた車に走って戻り、一目散に逃げてきたというのである。老夫婦は今しがたお化け屋敷を出てきたお客のように興奮していた。筆者には、もはやどうすることもできなかった。「とにかくあそこには住めない。今すぐ解約の手続きを進めてほしい。手付金も放棄する。」という。物件の価格が安かっただけに契約時の手付金もそれほど高くなかったが、それでも数十万である。確かに昨日の時点で一度契約が成立している以上、この老夫婦は手付金を放棄しなければ解約することができず、またA様には手付金を没収する権利がある。しかしA様に頼み込んで手付金は返金してもらうことにした。A様は解約になってひどく落胆していたが、返金には応じてくれた。

迷惑おばさんVS不動産屋(再び)

言うまでもなく、その後上司からのいつ終わるともしれない説教が待っていた。だが罵声を浴びながらも筆者の頭の中はそれどころではなかった。B様と向き合わなければならない。

今思うと自分でも不思議なのだが、恐怖心は全くなかった。恐らく老夫婦の興奮が伝染して、ちょっと正気ではなかったのかもしれない。一刻も早くB様に物申したかった。上司の説教を途中で切り上げるようにして、B様の家に直行した。

玄関を勢いよくノックするとB様が出てきた。「昨日来た老夫婦は私のお客様です。どうして追い返したんですか。」筆者の勢いに気おされたのか、いくらかシュンとしているように見える。

B様「追い返してなどいない。誰なのか聞いたら逃げていった。」

筆者「あなたが鎌を振り回したからでしょう。」

B様「振り回してない。庭仕事をしていただけ。」

だんだんうつむき加減になっていくB様を見て、筆者の頭も少しずつ冷えてきた。そもそもこの家に家族はいないのだろうか。「ご主人は?」と聞くと、数十年前に亡くなっていた。「お子さんは?」と聞けば、息子は既に家を出てかれこれ二十年以上寄り付かないのだという。どこにいるのか結婚しているのかどうかすら分からない様子だ。こんな母親のもとに暮らしていたら、誰でも家を離れたくなるだろうと思った。

なぜそれほど家の敷地にこだわるのか。音信不通の息子でも土地だけは残してあげたいのだろうか。結局のところB様はどうしたいのか、素直に疑問をぶつけてみた。すると「年寄りが一人で年金生活して、買い物行くのだって楽じゃない。」「自分が面倒見てる年寄りが近所にいるからしょっちゅう出かけるが、ここの敷地がなかったら道路に出ることもできないじゃないか」という。そこで初めて、なるほどそうか、と思った。

垣間見えた迷惑おばさんの素顔

今までのイメージで、相続問題にかこつけて他人の土地をむしり取ろうとするがめつい根性の成せるわざと勝手に決めつけてしまっていた。確かにB様の土地は道路に接していない形状で、他人の敷地を通らないと道路に出られない。A様の敷地の所有権をしつこく主張してきたのも、他人の土地を通って出入りしていることに対する後ろめたさの裏返しなのかもしれない。

B様が今日も今から近所の年寄りの世話焼きに行くというので、一緒についていくことにした。5軒ほど隣の家で足の悪いおじいさんが一人で暮らしていた。掃除洗濯から食事の世話まで、ほぼ毎日のように通って家事を手伝っているという。やはり遠縁に当たるようで、筆者が不動産屋と知るとB様について話してくれた。B様のご主人は体が弱く早くに病気で亡くなったこと、そのご主人の相続手続きの際にA様との敷地の問題が明るみに出たこと、そしてA様とのいざこざを聞くにつけて心を痛めていることなどを語ってくれた。B様は「私だって好きで喚き散らしたり、文句を言ってるわけじゃないよ。」と捨て台詞を吐くように言った。

他人の土地でも勝手に通れる?

要するにB様は、今まで通り誰に遠慮することなく玄関と道路を行き来できればよかったのである。これまで誰も気にしてこなかったことなのに、突然登記の問題が発覚して、ここは他人の土地だから今から通ってはいけないなどと言われたら、誰でも困惑するものであろう。もちろんA様はそんな事を言うはずがないのだが、B様にしてみればそのような通告を受けたのと同じ衝撃であったのかもしれない。

なんとか解決する方法はないものか。当初、それならA様の土地をB様が買い取ってくれないかとも考えた。しかしどう見ても年金以上の貯えがあるとは思えない。色々と調べた結果、民法において通行権というものを認めていることを知った。他人の敷地を経由しないと道路に出られない土地(袋地という)の所有者は、その他人の敷地を無償で通行する権利が認められているのである。

通行権を認めた上で改めて売却活動を開始

A様にこのことを説明すると一も二もなく同意してくれた。実は、今までの経緯からして難色を示されるのではと少なからず不安だったが、お互いにとって一番良い解決法ではないかとA様が言ってくれたので、内心ほっとした。だが、喜んでいる暇はない。これでようやく振り出しに戻ったのである。買い手を見つけなくてはならない。ネット広告はもう使えなかった。あんな騒動を起こした後では会社が許すはずがない。自力で一から探さなければならなかった。その日から鬼の電話営業が始まった。

しばらくして、一度購入してもらったお客様で興味を持ってくれる人がいた。いわゆる不動産のセミプロで、いくつかの投資物件を自分で経営している社長なのだが、釣りが趣味だったのである。仲間と釣りに行く際の休憩所兼倉庫にちょうどいいから、早速話を進めてほしいという。ついにここまで来た。だが、ぬか喜びは禁物である。その社長は「物件は自分で見てきたからもう案内の必要はない。このまま購入契約したい。」と言ったが、どうしてもその前に現地で立ち会ってほしいとお願いした。B様に一目会わせたかったのである。

とても物腰の柔らかい社長だったのでB様にもきちんと挨拶し、その上で筆者から通行権について二人の前で改めて説明した。B様もその頃には随分と大人しく話を聞くようになっていた。

二日後、無事に契約が成立した。

エピローグ

筆者がこの案件に関わったのは10年前のことである。今回この記事を書き進めていくに連れ、B様の様子が日増しに気にかかるようになった。B様のはっきりした年齢は聞いていないが、当時すでに70近い年齢だったはずだから、存命であれば80歳手前ぐらいであろうか。先日ついに抑えきれずに、10年ぶりに現地に行ってみた。果たして、B様の家は空き家になっていた。転居したのか、亡くなったのか分からない。近所の人に聞いてみようかとも思ったが、迷惑ぶりで有名だったことを思うと気が引けてしまった。

B様のその後の生活を考えると何となく物悲しい。誰のせいでもなく不安な気持ちを周囲にぶつけてしまったために、人が次第に離れていってしまった。まだ存命であるなら、頼れる人がそばにいてくれればと願う。そして、この体験は筆者にとってかけがえのない経験となり営業マンとしての血肉となったことに心から感謝している。

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この記事を書いた人

『へんてこ不動産調査室』室長。
不動産会社勤務の現役営業マンであり、へんてこ不動産コレクター。
全国のへんてこ不動産情報を収集、調査する活動を行っている。

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