こんにちは。へんてこ不動産調査室です。
当ブログは、筆者が過去に実際に取扱った、奇怪な土地形態、奇天烈な権利関係、不可思議な売却経緯をもった「へんてこ不動産」をプロの不動産屋の視点から紹介、解説していくブログです。
さて、今回は・・・。
傾いた家を買ってしまった顧客の悲しい顛末とは・・・
傾いた家と聞くと昔から不良物件の代表格で、悪徳不動産業者が手抜き工事で建てた家のようなイメージがあるが、地震大国の日本においてある程度の築年数を経過した木造住宅には、多かれ少なかれ建物の傾きや歪みは生じるものである。
そもそも新築住宅においても、職人が手作業で建てていくものである以上、若干の傾きは許容されている。国土交通省の定める「住宅の品質確保の促進等に関する法律(品確法)」において住宅紛争処理の参考となるべき技術的基準では、新築住宅の場合3/1,000(0.17度)以内は許容範囲としている。つまり1,000mm(1m)につき3mmの傾斜までは許容値ということだ。これが中古住宅の場合は6/1,000(0.34度)以内が許容値となる。
問題となるのは傾きの原因
家の傾きの原因には大きく2種類あると言われている。地盤の問題によるものと建物の構造によるものだ。地盤の問題とは地盤が沈下することによって家に傾斜が生じることである。地震による地盤の液状化や軟弱な地盤の不同沈下(不均一に地盤が沈下すること)で起こる現象で、築年数がそれほど経っていない建物にも関わらず傾斜が生じている場合は、ほとんどのケースがこれに当てはまる。一方、建物の構造による場合は老朽化による建物の歪みが傾きの原因となっているケースである。床材のたわみや腐食などであれば床を張り替えれば済む話だが、躯体の柱や梁が歪んでいると建物全体のバランスが崩れて一か所だけの修繕では解決しない場合もある。
いずれにしろ修繕には相当な費用と大掛かりな工事が必要になるため、購入時には現状の調査はもちろん、将来的な保証の有無等を含めて確認を怠ってはならない。
特に中古物件ではトラブルの原因になりがちである。新築では建物の構造躯体についての保証に加えて、地盤についても10年以上の保証を付けるのが一般的になっているが、中古ではそうはいかない。契約不適合として相手側に責任を問える期間が限られているか、あるいは免責となっているケースも少なくない。心配な場合はホームインスペクション(住宅診断)などの対応を検討するのもよいだろう。
筆者の顧客でも実際にトラブルに発展したことがある。ここからは具体的な事例をご紹介しよう。
掘り出し物件のはずが・・・新婚夫婦を襲った悲劇
S様という20代前半の新婚夫婦が購入の相談に来た。奥様はお腹に赤ちゃんを抱え、出産を機に新居を探していた。新築は予算が高すぎるため、中古物件を探してほしいという。現在の賃貸は二人とも地元が近く、なるべく今の家の近所が理想という話だったため、紹介できる物件は限られていた。
そんな中、築25年の木造2階建て物件がヒットした。価格も予算内である。それどころか相場よりもかなり安かった。というのもこの物件は但し書き道路の物件だったのである。
要注意の但し書き道路
当ブログでは不動産における接道の重要性はすでに何度も訴えてきた要素であるが、中でもこの但し書き道路は戸建住宅を扱う不動産業者にとって避けては通れない要注意案件である。簡単に言えば、建築基準法上の道路ではないが、一定の要件を満たしていることから特別に建築を許可されたみなし道路のことである。慣例として但し書き道路とよく呼ばれるが、そもそも道路ではないため正しくは道路状空地である。
少し詳しく説明しよう。本来、住宅を建てる際には幅員4m以上の建築基準法上の道路に2m以上接していないと家は建てられないのが原則である。しかし実際には幅員4mに満たない道路もたくさんあるため、幅員が1.8m以上あり立ち並んでいる家が建替え時にセットバックしていくことで将来的な拡幅が見込めるような場合は、セットバックを条件に建築が認められている。そして上記以外は建築基準法の要件を満たさない通路として建築は認められないのが原則だが、例外として防火上及び安全上避難や通行に支障がないと建築審査会の同意を得ることにより、建築が認められる場合があるのである。
基本的には再建築不可
ただ、この但し書き道路がやっかいなのは、一度建築審査会の同意を得て建築されたことがあるからといって、次に建て直す時も許可が下りるかどうか分からないという点である。その都度審査にかけ許可を得る必要があり、その上審査会自体、月に1回程度のペースでしか行われておらず、審査に時間がかかるのである。そこで業界内では但し書き許可を要する物件を取り扱う場合は、原則再建築不可として顧客に説明するのがセオリーとなっている。だからこそ相場よりもかなり安く売りに出ていたのである。
再建築に大きなハードルがあることは案内前に伝えていたが、いざ物件を見に行くと内装のリフォームが施されて室内の状態もよく、一目で気に入った様子だった。将来の建替えが難しいといっても、そんな遠い未来の話はS様夫婦の頭からはきれいにすっ飛んでしまった。少なくともこの時点では気にも留めていなかったはずである。むしろ相場と比べて安い掘り出し物件を見つけて内心ウキウキしていたかもしれない。もはや二人にとっての関心は、寝室のベッドの配置や引っ越しの際に家具を上手く搬入できるか等といった卑近な話題に完全に移ってしまった。
営業マンとしてはありがたいが、決断する前にはきちんと現実に引き戻さなくてはならない。よくあることだが、こういう問題は購入後のトラブルの火種になり兼ねないのである。改めて念を押したが、本人達にとってはあまり現実味が湧かなかったのであろう、そのまま契約に向けた手続きを進めることとなった。
契約直前に傾きの疑惑が発覚
実はここに至るまで家の傾斜については全く話題に上がらなかったが、ふとしたことがきっかけで問題が持ち上がった。筆者が契約前の現地確認に訪れた際、隣の家の基礎コンクリートに大きな亀裂があることに気が付いた。それ自体はさして珍しいことではないが、契約する物件とほぼ同時期に建てたと思しき一軒家だったため、気になって挨拶がてら声を掛けてみることにした。
するとご主人が出てきて、数年前に床の傾きが発覚し調査したところ地盤に原因があり、不同沈下を起こしていたために補修する工事を行ったのだという。基礎の亀裂は不同沈下を起こした時にできたものらしい。ご主人によれば、どうもこの地域の地盤は所々軟弱になっており、かなり大掛かりな工事を行って修復したと話してくれた。
不思議なもので、それまで全く気にならなかったものが、隣の家の話を聞いた途端にこちらの家もひどく傾いているような気がしてくるものである。あいにく水平器を持ち合わせておらず、何か転がせるものを探したがなかなか見当たらない。今ではスマホで簡単に計測できるアプリが登場しているが、当時はビー玉を売っていそうなお店を探すのが精一杯だった。しかしここでビー玉を転がしたところで何の解決にもならないと思い直し、一度会社に戻ってレーザー水平器で計ることにした。
専用機器で計ってみることに
タイミングがいいのか悪いのか、契約は明日に迫っていた。会社に戻った時にはすでに18時を過ぎていたので、契約を一旦延ばすべきかどうか非常に迷った。このまま夜を徹して調査するのはいいとして、問題が発覚した場合どうするか。もちろん何事もないことを願いたいが、どうも嫌な予感がしていた。
そこで一日だけ契約日を延ばしてもらえるよう顧客と売主業者にお願いした。お互いにとってもしっかり調査した上で契約するに越したことはないはずである。
しかし調査と言っても専門家に依頼したわけではなく、筆者が自身で一か所ずつ測るしかない。翌日朝から一日がかりであらゆる場所を計測し、数値を計算した。
数値はぎりぎり許容範囲内
計測の結果は、いくつかの箇所で柱や梁に3/1,000~5/1,000程度の傾きが見られた。新築の許容値である3/1,000は超えていたが、中古物件の許容値とされる6/1,000以内であり、それも一方向へ傾いているわけではなく向きが分散していた。このことから最も懸念された地盤の沈下による傾斜の可能性は低く、経年劣化による床や柱の歪みの可能性が高かった。隣地の話を聞いてすっかり不安になっていたところだったため、一安心である。
まずは売主業者に調査結果を伝えた。この物件は売主業者がリフォームを施しているとはいえ、壁紙の張替や建具の補修・交換のみの表層リフォームだったため、フローリングや水回り設備もほとんど既存のままなのである。まして柱や梁といった躯体に関わる部分についてはもともと手を加えていない部分であり、売主としては販売上支障の出るような傾斜はないのだから、現況で引渡すのが条件であるという。尤もな意見である。しかし売主が宅建業者である以上、契約不適合責任は引渡した後も最低2年間負わなければならない。その間に傾斜が許容範囲を超える程度に進行した場合は、買主から責任を問われる可能性もあるのである。
あとはS様の判断にかかっていた。
悩んだ末に購入を決断
S様に調査結果を伝えると地盤の沈下が原因ではないことに一先ず安心した様子だった。だが、あくまで現時点での結果であり、将来の可能性として地盤の沈下もありうること、また建物の経年劣化が進めばさらに傾斜が進行していく可能性など伝えた上で、売主業者による2年間の契約不適合責任についても説明した。
S様夫婦は非常に悩んでいた。この先さらに傾きがひどくなるかもしれない。そしてここにきてさらにネックになったのは、将来建替えができないかもしれないという不確定要素である。徐々に傾いていく家が建替えられないとしたらどうなってしまうのか。隣の家のように傾斜を修復するにしても、それには莫大な費用が掛かるのである。
悩んだ末、それでもS様は契約を進めることにした。また一から物件を探すとなると奥様の出産のタイミングに間に合わない可能性もある。何より二人とも物件を気に入り、引越しを心待ちにしていた。筆者は内心ほっとして胸を撫で下ろしたが、この時まだトラブルの火種は静かに燃えていたのである。
許容範囲内は実際に許容できるのか
4か月後、S様から連絡を受けた。ここ1ヵ月程、二人とも体調が優れず、頭痛やめまいが続いて困っているというのである。初め奥様は妊娠中のストレスが疑われたため近所の実家に移ったが、実家ではなんともないのに新居に戻ると頭痛やめまいが起こってしまう。一方ご主人もめまいや吐き気を催すことがあり、それは決まって新居にいる時に起こるため、妻の実家に寝泊まりしているのだという。不審に思い調べたところ、家の傾きが原因で健康に支障をきたすことがあるという記事を見つけ、筆者に連絡してきたわけである。
その上で、家の傾きが悪化しているとしか思えないので、もう一度きちんと専門業者を入れて調査してほしい、このままでは夫婦のみならず生まれてくる子供の身体にも悪影響であり、健康被害を受けていることに対して損害賠償請求を考えている、というのがS様の主張であった。穏やかでない話の雲行きである。
家の傾斜で健康被害が発生!?
家の傾きが体調に影響するというのは時々言われることで、それは筆者も認識していたが、影響が懸念されるほどの数値ではなかった。個人差はあれど健康被害を受けるほどの傾きがここ1ヵ月程度で急激に進行したというのも考えにくい。しかし、事実であれば放ってはおけない。いずれにしてもまずは調査が必要である。
S様が探してきた業者による調査が行われた。果たして結果は以前の調査数値と全くと言っていいほど変化がなかった。それにも拘わらず体調に支障をきたすというのはいよいよ疑問であった。しかし調査した業者の担当が言うところによると、許容範囲内とはいえ敏感な人であれば傾きを感じるレベルであり、体調に影響が起きないとも言えない。また実際には傾いていなくても、傾いているという思い込みで気分を悪くする人は相当数いるのだそうで、S様夫婦においては徐々に傾きがひどくなっているのではという不安からより過敏になってしまい体調に影響した可能性もある、という話であった。
売主責任は問えない。最後はこちらに飛び火
S様は家の傾きは悪化していなくても現実に健康被害が起きているのだから、売主は損害を補償すべきだと言い張った。しかし売主業者からすれば本当に家の傾きが原因なのかはっきりしない部分があるし、初めての出産を控えた若い夫婦が単に神経質になっているだけなのではという疑問も残る。そもそも傾きがあることは契約前に説明済みであり、買主はそれを了承の上で購入したのであって売主の責任ではない、というのが売主の反論である。これは尤もであり、S様には残念ながら希望に沿えない旨を伝えるしかなかった。
ところが後日、今度は筆者に対して説明不足であるという理由で損害賠償を請求する旨の通知が届いた。家が傾いていることの説明はあったが、健康被害が生じる可能性について説明を受けていないというのである。これは盲点であった。思いの外、傾斜の症状が軽かったために健康に支障をきたす程のレベルではないと勝手に決めてしまって、重要事項説明にも特に記載しなかったのである。仲介人たる筆者の完全な落ち度であった。
仲介業者としての責任
当然上司からは大目玉を喰らい、早急な解決を厳命された。S様の体調不良が本当に家の傾斜によるものなのかどうかは分からない。ただ、それが原因で健康を害することがあるのなら、少なくともその可能性について事前に説明があるべきであろう。物件を仲介する立場として足りていない部分があることを認め、S様には損害賠償ではなく、仲介業者として筆者が受け取った仲介手数料を返金する形で対応することにして、なんとか事態は収まった。
筆者にとってはこの上なく苦い経験であると同時に、貴重な経験となった。後にも先にも顧客に仲介手数料を返したのはこれが最初で最後である。
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